東洋大学校友会報 第248号
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27TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION●248 昭和12年7月に第10代学長に就任した大倉邦彦は、実業家であるとともに大倉精神文化研究所を運営し、また教育家としても積極的な活動を行っていた。大倉学長は就任後、学園興隆策として4つの施策を内外に発表した。●昭和12(1937)年7月 第10代大倉邦彦学長の施政方針(第145号 昭和12年7月23日) 昭和12年7月7日の蘆溝橋事件をきっかけに始まった日中戦争は、以後解決のめどのないまま昭和20年まで8年に及ぶことになった。東洋大学でも戦争の拡大につれて、在学中に応召して実際に戦地に赴く学生が出るようになった。●昭和12(1937)年9月 在学生6名が出征(第146号 昭和12年9月23日) 昭和12年に大学創立50周年を迎えるにあたり、記念事業の一つとして『創立五十年史』の刊行が企画された。昭和12年7月に大倉邦彦が学長に就任すると、短期間のうちに鋭意編纂作業に取り組み、同年12月23日の記念式典に完成をみることができた。●昭和12(1937)年9月 『東洋大学創立五十年史』の編纂進む(第146号 昭和12年9月23日) 昭和に入って以降、深刻な状況に見舞われていた法文系の大学・専門学校卒業者の就職難も、昭和9年頃から次第に回復傾向を見せるようになった。東洋大学卒業者も教職を中心に良好な成績をあげるに至った。●昭和9(1926)年9月 就職難緩和の傾向(第115号 昭和9年9月29日)〔資料提供・羽島コレクション〕

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