東洋大学校友会報 第248号
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6TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 248社会の変化と商業高校昭和21年静岡県生まれ45年経営学部商学科卒業45年静岡市立商業高等学校61年静岡県立島田商業高等学校平成 3年 県立静岡商業高等学校9年 県立土肥高等学校12年 県立磐田西高等学校 教頭15年 県立島田商業高等学校 教頭17年 県立浜松商業高等学校 教頭19年 県立浜松商業高等学校 退職長崎 育也 ながさき いくや私は、昭和45年から静岡県公立高等学校商業科教員として県内の高校に勤務し、4年前に定年退職しました。教員を目指した動機は、狩野ゼミ(狩野勇教授が学習院大学へ転勤後、滝野ゼミ)や会計学研究会に属し、一緒に活動した仲間達と将来を語る中で「教員に向いている」と言われ、そのひと言で教職に就きました。前記の2団体の仲間達と諸活動を通じて得た知識・技能や人間関係は、教育活動をする上で大きな財産となっていました。 教員として勤務した間、日本経済の変化や教育改革は、商業教育に大きな影響を与え改革・改善の連続でした。学習内容の指針である学習指導要領(約10年サイクルで教科・科目の見直し)の改定は、社会の動向でその都度教育内容が改善されました。生徒の実態、地域社会の要望、学校の施設設備、人的要素、教育予算などを検討し、将来の学校像、望ましい生徒像を実現させるためには、施行の数年前から準備を始めました。準備機関として各種の審議会、検討委員会が設置され、答申や指針に基づいて各学校は特色ある・魅力ある学校作りに着手します。その答申や指針を作成するメンバーとして参画しました。その一つとして静岡県産業教育審議会は、静岡県の専門学校(商業 工業 農業 水産 福祉等)を対象として「これからの専門高校の在り方」について検討審議し答申を発表しました。答申に至るまで、産業構造の変化、生徒の実態、地域社会の要請など多くの情報を収集、分析、整理、具現化の可能性などを配慮して、これからの商業教育の指針となる資料を作成する業務でした。 静岡県は、昭和45年から汎用コンピュータを活用した情報処理教育が始まりました。当初は、フローチャート、プログラム作成が主とした内容でした。しかし、各学校は教育予算の関係で、高額な汎用コンピュータを導入することはできず、情報処理センターに生徒を集め機械実習を行っていました。東西に長い静岡県では、センターまでの往復時間や実習時間を確保することが困難な状況で十分な成果を上げることができませんでした。平成に入り、高校にもIT革命が加速的に入り込んできました。従来の汎用コンピュータかパソコンの導入か、各学校現場では判断できない大きな課題となりました。その選択の資料を県内外の高校や各学校現場の実態などの情報を収集・整理、各学校で活用できるモデルケースを複数作成し各学校の検討資料として提供しました。IT革命は情報処理教育を一変させ、従来の科目は姿を消し、IT関連の科目が大幅に増えました。IT化の速度は、予想を超える勢いで進展し、現在ではパソコンはひとり1台にまで整備が整い、プログラム中心の学習からソフト活用の学習まで内容も多様化しています。 静岡商業高等学校に勤務していた平成6・7年度に高等学校教育改革推進研究校(文部科学省指定)となり、「自校以外の学習成果の単位認定や技能審査の成果の単位認定を取り入れた教育活動の在り方」の研究主任として2年間学校全体で取り組みました。従来は高校を卒業するには各学校が認定した単位を修得しなければなりませんが、校外で学習した(例えば、生徒が放課後、専門学校で学習し一定の成果を得る)場合、卒業単位として認定できる制度です。現在は、国立大学と私立大学や私立大学間等で連携した科目を学習した場合、単位を認定しています。この研究は全国の高校では初めての試みで、自校以外で学習成果を単位認定できる画期的な制度改革でした。研究成果の発表会を静岡市で開催し、全国から多くの参加者と、その後、県内外から多くの学校訪問や問い合わせを受けました。 平成に入り社会の変化は激しく、教育界にも大きな波が押し寄せてきました。社会の変化に対応し未来を見据えた学校作りのために、文部科学省や静岡県下の商業教育の指針作りに関われたことを幸いに思っています。校友

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