東洋大学校友会報 第248号
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8TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 248 『校友会報』二四七号は面白かった。何が?と考えて見たら、エッセイ欄に柴田恭子さんの文章があったからだ、ということに気づいた。 いまの母校東洋大は、スポーツの隆盛が大学発展につながる、と一筋に思い込んでいる節がある。確かに箱根駅伝も東都大学野球での圧勝も、校友に勇気と誇りを与えてくれる。それはもうまちがいではない。しかし一時代、童謡大学とたたえられたように、童謡詩人を輩出した大学でもある。また詩人大学と言われた時代もあった。そういうところも掘り出して紹介していくのが、校友会の役割ではないか、と常々思っていたので、今回の、柴田恭子さんのエッセイは嬉しい記事であった。 実は、柴田さんの詩集を、私は一冊所持している。『おわりのとき』という詩集だ。思潮社刊行で、発行は一九九二年である。同じ時期に大学に在籍していたわけではなく、丁度入れ替わりになったようだ。私が詩集を入手したのは、小久保彰を通してである。「ぼくより五歳下ですから五〇歳だと思います」という手紙も詩集にはさまって書庫から出てきた。「感想を彼女に出していただけたらよろこぶと思います」小久保は、そんな手紙と一緒に、詩集を届けてくれたのだ。柴田さんの住所も書かれてあったから、私はたぶん、感想文を送ったに違いない。 小久保は、この詩集の帯とナゲコミの文章として一頁の「余白に」という文章を添えている。肩書は、映像評論家となっている。この頃、九州産業大学の写真学科から招聘されて教授に就任した頃のことであろう。帯に引用された「手を洗う」という詩の、なんと見事なことか。 水を飲みたいのではない/空腹なのではない/悲しいのでも/心配なのでも/ない/手を洗いたいのだと/わかったとき/指のあいだから/たくさんの臭いがしてきた/でも あたしたち/角つののように並んで生きているから/鏡のように遠くで生きているから/手が洗えない お互いの手は洗えない/正百枚26穴と/表書きしてあると/紙の数をかぞえ/穴の数をかぞえる/四角い椅子には四角い座ぶとんをのせ/ついた嘘にはきちんと辻褄をあわせる/嘘がつけなくなると/料理が作れなくなる/みんなを0は愛せないのだから/だれをも愛さず/26㎝×32㎝を確かめ/指のあいだを、清潔にする/ゆらゆら動く水の中/片方だけの手/常に片方だけしか清潔でない手/手を洗いたい/もう一方の手を洗いたい これが詩「手を洗いたい」の全部だ。もう片方の手は、みんな汚れている。人間そのものだ。この詩から受けた感動は、はじめのときと今とでも、少しも変わらない。 柴田恭子さんのエッセイ「思い出など」の中に「6冊の詩集を出版し賞も二ついただきました」という一文がある。そして、高岡法科大学に勤めるようになったいきさつなどがよくわかり、私を書庫へ向かわせて、『おわりのとき』を見つけ出すきっかけになった。とびらのところに、私の字で、一九九二・一一・三という日付が記されている。この日に私はこの詩集を読了した、ということなのだろう。発行から一か月後に読んだということだ。 詩作品は二十一編プラス「紫の世界」という美術評論家で詩人の故瀧口修造のデカルコマニーを論じた一文が付いている。詩集の絵も瀧口修造のデカルコマニー「私の心臓は時を刻む」だそうだ。「紫の世界」を論じていたらきりもないから、詩集『おわりのとき』の私の鑑賞と評価を述べておくことにしよう。単にありきたりの書評ではわざわざ文章を書く意味はなくなってしまうのだから。 「亀裂」から始まる。―六人のひとを殺したゆめを見た―で始まるが、やさしいことばで、どきっとするこわさを書く。六人は六親に通ずか、と私は書き込みをしている。「おわりのとき」は、とうさまと私、かあさまと妹。つまり家庭内の亀裂か。六親和せずして孝慈あり、ということかも知れない。 「父の首を捜しに」もまた、こわい話。「こぶしをふりあげる父に 仕方ないじゃありませんかと他人行儀なことばで言う 帰りましょう 父の首を抱いて囁く かたくなに目を閉じる父の首 愛しているのです あなたがはじめての男でしたから 月の光を浴びて少女のあたしは吐いたではありませんか」 書き出したらとまらない。別の機会にゆっくりと本格的に論じてみたい。 東洋大学には、こういう詩人や歌人がたくさんいる。そういう人たちを発掘してください。(二〇一一・五・九記)柴田恭子の詩について小笠原 洽ひろよし嘉(昭33中哲 札幌支部所属)室蘭文芸協会会長児童文学・中国文学研究ず・い・そ・う

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