東洋大学校友会報 第250号
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12TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 250OS出席したいが足腰が弱って歩けないという仲間もいた。そしてまた一人訃報も届いた。 そんな中でも平成23年10月8日、元気な顔が日比谷に集まった。幾つになっても集まれば皆大学生に戻ることのできる幸せ。大学の繁栄・盛況を喜ぶとともに、とにかく一日一日を大切に生きることだ。3時間はあっという間に過ぎた。会の後、日比谷の街を眺めながら啜るコーヒーの味も格別。かつてこんな時間もあったなあと。 「来年、平成24年は卒業50周年目。11月10日(土)11時30分、日時は確定。同じ場所に元気な顔を見せよう」と約束。夕方近くに解散。良いひと時を過ごしたと帰途についた。 今年来られなかったメンバーの皆さん、来年はぜひ出席されたし。待っています。第2回国文同窓会「三九会」を開催野呂安正昭39国文 千葉未曾有の東日本大震災、福島第一原発の放射能汚染災害等、被災された方々に心中よりお見舞い申し上げます。 私たちは、第2回「三九会」世話役員会議の論議の中で「このような東日本列島の被災状況下において、同窓会を開催していいのか」と大変迷いました。しかし、だからこそ古希を迎え、生かされている今を確認して、被災者とともに明日への希望を同窓生と語る機会となれば、開催の意義はあると判断し、実施することとなりました。 平成23年10月5日(旧暦重陽の日)、甫水会館にて午前11時より開催され、当日の参加者は、同窓生26名、来賓とカメラマン等を合わせて総数28名でした。大変お忙しい中、校友会の福島会長には、来賓としてご出席いただき、ご祝儀まで頂戴したり、校友会事務局の皆様からは、世話役員会議や会場設営等いろいろとご配慮をいただき、ありがとうございました。 お陰様で、当日の三九会は盛会に終了することができました。特に参加者のうち、伊藤(昌)、大内、清田、後藤、高倉、中原、若林の諸君からは、後日「青春の懐旧の情や未来への希望を含めた交流ができて親睦が深まり、とても楽しかった」等の感想と謝意を含めた心温まる手紙が、開催関係者に対して寄せられました。 その中から、再会の喜びをはじめ、"光陰矢の如し"の想いや滾こんこん々と溢れ出てくる同遊、懐古の心情等が吐露されている一例として、次の七言絶句を紹介します。(詩作 伊藤昌叡君) この伊藤君の絶句に込められた主旨は、参加者全員の想いでもあります。 このような多様で深い余韻を残しつつ、次の第3回で会える日を期待して、第2回の三九会を終了できました。 昭和39年3月、文学部国文学科卒業の第2回同窓会に参加くださった皆様に世話役一同感謝申し上げます。ありがとうございました。 ○「三九会」世話役員(五十音順) 牛島玲子、奥津弘子、斎藤陽子、 中嶋香代子(女性代表)、野呂安正 (代表)、藤川浩、松岡博 以上7名東洋大学創立125周年を祝す比嘉進喜昭39経済 沖縄明治20(1887)年9月、「哲学館」として創設された東洋大学が、現在、大学の本部がある白山に居を移したのは明治30年7月のことです。 この地で「哲学の名門=東洋」の名を確立した東洋大学は、その後、総合大学へと発展し、平成24(2012)年には125周年を迎えます。 卒業して48年の歳月が過ぎ、校舎は立て直されて当時の面影はなく、近代化された都会的雰囲気を持つ建物へと変わりました。48年の歳月が一瞬夢のように感じられます。 東洋大学の教育方針は、井上円了先生の建学の精神「諸学の基礎は哲学にあり」という根本理念に立脚しています。「哲学・愛理こそは、たずさわる職業、学問が何であれ、万人の共有する基本の学であり、人間愛の自覚に欠けた学問はいかに進歩し、精密であっても人類には役立たない」という意になるでしょう。 東洋大学125周年を祝し、輝かしい伝統の上に限りないご発展を心から祈念いたします。

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