東洋大学校友会報 252号
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28TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 252東洋大学創立125周年企画⑦(第658号 昭和40年11月23日)『東洋大学新聞』で見る昭和40(1965)年~昭和42(1967)年 昭和38年から「大学祭」の名称が「白山祭」へ変わったことは前号で述べたとおりである。昭和40年の第3回白山祭実行委員会は、統一スローガン“人間を返せ”のサブタイトルを前年と同じ“くたばれマス・プロ教育”に決定した。現実に教育のマス・プロ化が進み、ますます人間の疎外が強められることで再び取り上げられたものという。●昭和40(1965)年9月昭和41年度から経営学部を新設予定 昭和41年4月から、6つ目の学部である経営学部を開設することとし、既存の経済学部の経営学科と商学科を拡充して経営学部1部・2部とした。経営理論および技術を持った人材養成という産業界からの要請に応えるためと、年々増加の一途をたどる経済学部教育の過密状態の緩和を図るためのものであった。●昭和40(1965)年11月白山祭のサブタイトル「くたばれマス・プロ教育」〔資料提供・羽島コレクション〕(第654号 昭和40年9月14日)●昭和41(1966)年3月80周年記念館(1号館)完成 昭和42年に創立80周年を迎えるにあたり、東洋大学ではこれを記念する事業として①記念館の建設、②記念出版、③記念図書館の建設の3つを計画した。記念館は、白山キャンパスにおける校舎等の施設不足の解消を図るためのものであった。鉄骨鉄筋コンクリート造り地上9階地下2階建てで、昭和40年2月下旬から建設工事が始まり、同41年3月に竣工を見た。(第661号 昭和41年4月8日)

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