東洋大学校友会報 253号
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12TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 253駅伝関係の皆さん感動をありがとう校友和三十五年当時、田舎(会津)出の者にとって、東京の大学で勉強することは大変でした。学費はもとより、特に学力不足を痛切に感じてこたえました。世界は広いなぁと、あらためて思いました。そんな時出会ったのが、ゼミの仲間でした。卒業して四十八年たった今でも交流が続いています。 卒業して六年後、湘南遊歩道の海岸沿いにあったホテルの支配人をしていました。そこは、正月の国民的な催し、箱根駅伝が行われる地でもあり、この駅伝を見るのには絶好の場所でした。 もちろん、応援するのは東洋大学ですが、目の前を一瞬で走り去ってゆく選手を見て、衝撃を覚えました。すごい迫力だったのです。そして、各校の応援合戦も力が入っており、迫力がありました。 数年この場所で、応援をすることとなりましたが、わが愛する母校はトップが通過してからも、なかなか姿を現さず、たいていは十二、三番手であったため、毎年やきもきさせられました。ただ、シード権はなかなかとれなかったものの、出場し続けてくれたので、応援のしがいがありました。 その後転勤によって、応援する場所も変わりました。そして、大学に「箱根駅伝で優勝させる会」が発足したころは、先のゼミの仲間と„追っかけ〝に変わりました。大手町のスタートで見送った後、電車に乗って横浜駅へ先回り。横浜駅前で応援したら、また電車に乗り小田原の入生田駅へ。一日目の最終区の出だしを応援した後は、同所にある紹太寺で大学の関係者と一杯やりながらではありましたが、精一杯の応援をしました。紹太寺の住職さんは東洋大学の卒業生で、私たちに快く場所を提供してくださいました。 「箱根駅伝で優勝させる会」の活動が功を奏したのか、次第にシード権を取るようになってきました。 そして、平成二十一年に、夢にまで見た優勝!あの湘南で見送りたかったのですが、とにもかくにも感動でした。この感動を校友の皆さんに、そして全国の駅伝ファンに伝えようと思い立ち、同年の六月に書籍『魂の走り』を発行しました。 幸い、私が埼玉新聞社に籍を置いていたことと、陸上部の合宿所が川越にあったこともあり、同社は県下の大学として積極的に取り上げていました。記者も取材を続けてくれていたことで実現しました。もちろん、長島理事長さんはじめ、大学の関係者のご協力があってのことでした。そして、東洋大学を卒業された石井安里さんに、著者として書いていただきました。 お陰さまで、多くの人たちに買っていただきました。特に、当時の福島校友会副会長のご協力で、各支部にお声かけをしていただきました。それ以外にも駅伝ファンの方にネットでのご注文をたくさんいただきました。 その後二連覇を果たし、昨年は二位に後退したものの、今年は記録ずくめぶっちぎりの優勝!思わず空に向かって「ありがとう、ご苦労さん」と叫んでいました。渡部 俊彦 わたなべ としひこ昭昭和15年7月福島県生まれ 昭和40年3月経済学部経営学科卒業平成2年11月(株)チサン自動車教習所代表取締役社長8年6月埼玉県指定自動車教習所協会副会長11年3月同社代表取締役会長 (株)地産常勤監査役14年9月(株)船井財産コンサルタンツコンサルタント16年7月(株)埼玉新聞社常勤監査役現在(株)さいたまPRセンター代表取締役社長(株)埼玉新聞社顧問(株)ICパートナーズコンサルタント東洋大学校友会埼玉県東部支部理事岡部チサンカントリークラブハンデキャップ委員��オール東洋スポーツマンクラブ、 箱根駅伝で優勝させる会会員 東京柳津(会津)会幹事長

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