東洋大学校友会報 253号
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TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION●2533身の金メダルもなかったと思います。それと、ボクシング部の学生にとって白山がメインキャンパスなので、朝霞キャンパスに寮があった時代と違って、白山に近いところに寮があるということは、非常に良い環境だと思います。食事の面でも充実しています。大学職員になって今年で5年目。大学1年生から4年生まで、初めてワンクールの学生を見たことになります。コーチとしては、まだ新米です。その中で、今まで学生に対して生活規律等を含めて、事細かく言ったことはありません。学生は、そのうち自分で気づけば変わるものだからです。ただ、レールから外れそうになった時だけは、「あきらめるな、逃げるな」と強く言って、レールの中に入れるようにしています。見守ってあげるという考え方でいいのではないかと思います。実際、私の高校時代のボクシング部の監督がそうでした。私は、自分でも「出会い運」に非常に恵まれた人間だと思っています。中学の担任の先生がボクシンジムに連れていってくれて、そのクラブで南京都高校を勧められました。そこで出会ったボクシング部監督の武元前川先生は、私自身のボクシングと人間を作ってくださった方であり、東洋大学への進学も勧めてくれました。大学では、東郷武総監督に大変面倒を見ていただきました。逆に考えると、自分が「出会い運」に恵まれているということに気づけたことが良かったと言えると思います。人間は、どこかで必ずいい出会いがあるはずなのです。しかし、それに気づけないで終わってしまうのは、非常に残念なことだと思います。よく質問されたことですが、オリンピックでリングに笑顔で向かったのは、第1はリラックスするためです。物事は形から入ると、やはり変わるものなのです。ひきつってもいいから無理やり笑顔を作ってリラックスする、あとは開き直ることが大事だと思います。第2はオリンピックの舞台に立てるということは、家族、つまり妻と子どもの支えがあるからであり、自分はそうした幸せな状況で試合ができるのだから、それを楽しめばいいという気持ちを持つことで、自然と笑顔になることができました。それから、試合で判定が出る前にガッツポーズをするのは、もちろんポイントが取れたという確信を持っているからですが、あとはレフェリー、ジャッジに対するアピールという意味もあります。実際にオリンピックに参加して見て、スポーツの舞台として、これ以上のものはないと感じました。唯一価値の落ちないものが、このオリンピックでのメダルであって不変の価値があると思います。そうであるからこそ、私自身オリンピックを目指したのであり、まさに夢のような舞台であり最高でした。オリンピックで出会った選手は、皆一流の選手ですから、話をしていて、とてもポジティブになれます。皆、とても明るくて内側から力があふれている印象を受けます。オリンピックでは、競技に関係なくそういう選手が多いと思いました。今後については、後進の育成ということを考えてはいますが、私自身、一度辞めてから復帰している人間なので、どこで火がつくか、わからないですし、さまざまな面について、これからゆっくり考えていきたいと思っています。後輩に伝えたいことは、私でも金メダルが取れたのだから、可能性はゼロではないということです。私の場合、ミドル級は世界では通用しないと言われた中で、金メダルを取ることができました。それは、他人が言うことではなくて、自分が決めることだからであり、そこから始まっていくものだからです。可能性は無限にあるのですから、ぜひ目標に向かってチャレンジしていってほしいと思います。最後に、今回のオリンピックで応援してくださった校友の皆さまはじめ、関係者の方々に、本当に感謝したいと思います。ありがとうございました。時事通信社 9月11日に行われたロンドン五輪ボクシングミドル級決勝で、五輪初出場の村田諒太がブラジルのエスキバ・ファルカンを破り、1964年東京大会でバンダム級を制した桜井孝雄以来、48年ぶり2人目の偉業を達成した。

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