東洋大学校友会報 253号
4/36

特別寄稿4TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 253ボクシング生活を 振り返って須す佐さ 勝かつ明あき昭和59年9月福島県会津若松市生まれ平成19年4月陸上自衛隊入隊 20年3月法学部法律学科卒業全日本アマチュアボクシング選手権 3回優勝国民体育大会4回優勝アジア大会 2大会連続銅メダルロンドンオリンピックボクシングフライ級初戦判定負け平素は、温かいご支援とご指導を賜り厚くお礼申しあげます。また、ボクシング部の関東大学1部リーグ復帰おめでとうございます。この度、ロンドンオリンピックにおいて、今大会の金メダリストであるキューバの選手に敗れ、引退することになりました。試合の間、52㎏であった体重は、3週間で64㎏になりました。好きな食べ物を好きなだけ食べられる日々に、この上ない幸福感を感じています。現在は、昼夜ラーメン率が70%を超えています。この生活が後、1か月は続くことになりそうです。ボクシング生活を振り返ってみると、減量の苦しみばかりが思い浮かびますが、たくさんの方に支えていただき、私の人生において大切な13年間でした。高校では、思うような結果が出せませんでしたが、進学した東洋大学で、「いかにして勝つか」を研究したことによって、一気に国体、全日本選手権優勝、アジア大会銅メダルと、結果を出すことができました。しかし、多くの期待を寄せていただいたにも関わらず、その翌年から始まった、北京オリンピックの予選で敗退し、引退することにしました。その後はボクシングを続けようとは思えず、今後について悩んでいましたが、周りの方々からの強い薦めと、あと一度、全日本選手権で優勝すれば自衛隊の幹部になれるという誘惑もあり、復帰することにしました。しかし、そんなに甘いものではなく、復帰戦である埼玉県予選で、初戦敗退をしてしまいました。その時は、「オリンピック」など、夢のまた夢でしたが、その後、全日本選手権では優勝、アジア大会銅メダル、国際大会で2度優勝をし、再び、「オリンピック」が目の前に見えてきました。そんな中、私の出場していた階級のバンタム級の体重が54㎏から、56㎏に変更されたため、私は52㎏であるフライ級への転向を余儀なくされ、さらに減量が厳しくなってしまいました。そのため、オリンピックの出場権をかけた世界選手権では出場権を逃し、さらに、全日本選手権、アジア予選日本代表選考会と、減量からくる手足の痺れ等があり、オリンピック出場は無理なのではないかと何度も思いました。しかし、東日本大震災当時、一自衛官として被災地での救助活動をすることができなかったので、絶対にオリンピックに出場するという使命感を持っていました。それに加え、自衛隊の整った練習環境や、プロのボクシングジムの協力、また、肥満科の第一人者で、日本医科大学教授及川先生など、たくさんの方の協力をいただき、少しずつ、準備を整えることができました。そして臨んだアジア最終予選では、「これで最後だ」という緊張から、眠れない日々を過ごしましたが、無事に力を出し切り、オリンピックに出場することができました。私は、ボクシングを通して、目標を定め、地道に毎日やるべきことをこなしていけば、必ずチャンスが来るということを、身を持って感じました。よく言われる言葉ではありますが、本当にその通りだと思います。ボクシングを通して、東洋大学のOBとして、微力ながら大学の発展に貢献できたことをとても嬉しく思います。これからは、ボクシング生活で学んだことを基に、地元の福島に何か恩返しがしたいです。London Olympic 2012ボクシング

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です