東洋大学校友会報256号
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CULTURE SPACETOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION●25611井上円了とアイルランド宇田川 晴義  うだがわ はるよし昭和19年東京都生まれ昭和45年東洋大学大学院文学研究科修士課程修了昭和49年セント・ローレンス大学卒業昭和49年東洋大学文学部助手 文学部教養課程専任講師 文学部教養課程教授平成12年文学部英語コミュニケーション学科教授・主任 国際交流センター所長 大学院文学研究科専攻主任昨秋(平成24年10月~11月)、白山キャンパスにて、東洋大学創立125周年記念イベントとして、アイルランドと東洋大学の文化交流を発展させる数々のイベントが催されました。その核となったのが、1923年ノーベル文学賞を受賞したアイルランドの詩人・劇作家W・B・イェイツ(1865~1939)を紹介する「W・B・イェイツ展」でした。ダブリン国立図書館で開催中の「W・B・イェイツ展」の日本語による展示紹介は、本学とアイルランドとの長期に渡る交流を評価したアイルランド大使館の協力によって実現しました。 「イェイツ展」開催に併せて、野村萬斎氏も出演した銕仙会によるイェイツの戯曲「鷹姫」の能公演、その公演の一週間前には、D・キーン博士による講演「イェイツと日本文化」、そして、シンポジューム「イェイツの神秘主義と井上円了」にて、同時代人であったイェイツと井上円了の世界が探究されました。これら全てのイベントは、創立125周年国際化支援イベントとして、読売新聞の一面に紹介され、イベントの企画者として、創立125周年記念日を祝う式典直前に催行できた幸運を思わずにいられませんでした。 さて、筆者は、かねて井上円了とアイルランドの関係に関心を持っていましたので、昨夏、アイルランドの地に井上円了の足跡を訪ね、そこでの見聞を「井上円了が訪れたアイルランドの2カレッジ」のタイトルで、「W・B・イェイツ展」に併せて紹介展示をしました。井上円了は、生涯三度の世界旅行をしています。その記録「井上円了・世界旅行記」(柏書房)の中に、アイルランドに関する記述が二ケ所あります。 円了30歳、1888年6月から1889年6月まで、欧米のキリスト教事情の視察記「欧米各国政教日記―上編」の「スコットランド紀行」に於ける記述、そして、円了45歳、二度目の世界一周の旅を記した「西航日録」の中に、1903年3月12日から4月3日まで滞在し、「22.アイルランドに向かう、23.ベルファストの実況、24.ロンドンデリーに遊ぶ、25.ジャイアンツ・コーズウエーに遊ぶ、26.ダブリンの実況、27.アイルランドの風俗・人情」の見出しで、アイルランド滞在中の興味深い記録が残されています。(円了が、この旅行中に哲学館事件が起こる。因みに、夏目漱石は、前年の明治35年、イギリス留学から失意の帰国をする。) 筆者が注目した記録は、1903年3月13日、北アイルランドのベルファスト近郊のキャンベル・カレッジ(Campbell College・1894年創立)訪問と同3月28日、ダブリンのアレクサンドラ・カレッジ(Alexandra College・1866年創立)訪問です。キャンベル・カレッジは男子教育、アレクサンドラ・カレッジは女子教育の名門校として今も名高い学校です。なぜ、今から115年も前に、円了が、アイルランドの二大都市にあった大学入学の予備門の二つの教育機関を訪れたのかを探る両カレッジ訪問でした。両カレッジに、円了の痕跡の印しは残念ながら見つけることは出来ませんでしたが、当時イギリス支配の地、アイルランドの教育事情の視察の成果は、円了が、日本に帰国後の教育活動のどこかに反映しているはずとの感を強く持ちました。筆者は、来年3月定年を迎えますが、学祖円了とアイルランドの繋がりを、これからも研究していけることを嬉しく思うこの頃です。カルチャー スペース

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