東洋大学校友会報256号
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TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION●25615笠原 今の障害福祉課は、4部署目となります。平成11年に法学部を卒業しましたが、日々の仕事で区民の皆さんと話しあったりする中に、本当に学べることがあり、まさに日々勉強の毎日です。区議会事務局が一番長かったのですが、議員と区役所の幹部職員を結びつける大事な仕事で、人間関係とか説明の仕方に腐心しました。その分、やりがいがあったと思います。山谷 皆さん、今日は久しぶりに大学にいらしたわけですが、大学時代の思い出などをお聞かせください。吉田由 学生時代は、コンクリート製造会社の品質管理業務のコンサルタント会社でアルバイトをしていました。アルバイト代は、大学で初めて出会ったスキーにほとんどつぎ込んでしまいましたが、その経験は「物より思い出」をモットーに、結婚後、家族と年中スキーに出かけることにつながりました。 よく大学で学んだことは実践で役立たないと言われますが、特に土木の場合はとんでもないことで、学生時代に学んだ測量、製図、構造計算、土質・地質の知識などがないと自治体の仕事はできないわけで、それについては感謝しています。吉田春 大学時代はテニスばかりしていました。仲間と「ローランギャロ・テニスクラブ」というサークルを立ち上げ、それだけでは飽き足りなくて、スクールコーチをずっとやっていました。学業をおろそかにしつつ卒業できたのは、恩師と良き友人が、試験前にいろいろと助けてくれたからです。伊東 名物教授と言われた藤木先生のゼミに入っていました。最初のうちは、教室でゼミをやっているのですが、そろそろ場所を移そうかと言って、続きは呑みながら奥深くやっていました。社会学部の目玉科目は、社会調査及び実習です。フィールドワーク主体で、大坪先生の台東区の調査を選択し、まさにそれにはまりました。先生に調査票を使って調査する場合も、調査票の外にある余白を埋めるのが本当の調査だと言われたのが印象に残っています。笠原 勉強しかしていなかったというのが大学時代の思い出です。入学した平成7年は、法学部の入学者数が例年より多いと聞いていました。遊びそうな人が多くいると自分も流されてしまうと思い、1年生と2年生の時はサークルもやりながらですが、勉強していました。3年生になると、公務員試験受験のために夜は予備校に通い始めました。結果的に、学生時代から計画的に将来設計をしていたことになります。山谷 東洋大学には、公務員志望の学生が多いのですが、先輩として学生にアドバイスをお願いします。吉田由 今、地方自治体では、団塊世代の大量退職で職員の年齢構成が崩れていて、特に土木技術者はどこの自治体も欠員状態が続いています。1級土木施工管理技士を取得していれば、途中採用も積極的に行っているので、既卒者の採用情報をネットで確認して、ぜひトライしていただきたいと思います。週末は、海でヨットやサーフィンに興じるなど、仕事も遊びも堪能できる地方公務員は、再就職の一つとしてインプットしておいてください。吉田春 テニス三昧だった自分が公務員試験に失敗したことが一つのきっかけとなり、自分にとって大学の卒業試験は公務員試験に受かることだと決め、次期試験までの約半年間は随分と勉強しました。その結果、国家公務員と地方公務員の両方に合格し、面接日が同じ日になったことが運命となり、元来人が喜ぶことがしたいという原点に戻り、大田区役所を選びました。その選択は間違いではなく、今は天職だと思っています。公務員を志す皆さんは、目標に向けて勉強のメリハリをしっかりとつけて、試験突破のため頑張ってほしいと思います。伊東 公務員になりたいというだけでなく、なってどうしたいのかという思いも持ってほしいと思います。まちを知っているということは、公務員の基本ですから、自分の経験からも、とにかくまちを歩いてイメージできるようになることが大事だと思います。笠原 試験に受かることを目標達成と考えるならば、ただ職業にぶら下がっているだけの人間になってしまいます。人の役に立ちたいという強い思いを持って受験してほしいし、面接もいかにこの自治体に入りたいのかという熱意を伝える場なので、気合を入れて臨んでほしいと思います。山谷 今日は、„高い志をうちに秘めつつ、人が大好きなまちのプロ〝という印象を皆さんから受けました。これからも、地域のために頑張っていただきたいと思います。

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