東洋大学校友会報259号
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14TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 25913.5級 行間251行17字×1段29行×4段=1P1972字校章 八咫鏡校友安藤 嘉浩 あんどう よしひろ昭和11年9月 北海道生まれ昭和34年3月 経済学部経営学科卒業昭和34年4月 雑誌「商業界」東京本社編集部記者昭和51年1月 有限会社安藤苗圃設立 代表取締役平成11年6月 北海道山林種苗協同組合 理事現在 有限会社安藤苗圃 取締役会長 東洋大学校友会旭川支部 副支部長箱根駅伝で優勝させる会 会員校で進学を考えていた頃、先生方は、さまざまな大学を勧めてくれていた。その中に東洋大学出身の先生も三人おり、受験のきっかけとなった。私が東洋大学に入学したのは、昭和30年4月である。入学式の日、講堂の舞台に角帽の学生たちの掲げる校旗に続いて現れた加藤精神学長のその小柄な姿に、名刹の高僧と聞いていた私は、先人の哲学を感じ、やはり、ここで4年間を学ぼうと決意した。校章の周りの枠は、壮大な宇宙の中に己を見る八咫鏡であることを知るのもこの日であった。多くの師の中でも、恩師のお一人は伊藤重治郎教授である。ドイツで交通論、アメリカで商業学を学んだ老教授は、教壇にはあまり上らず、前の空いた机に腰をおろし、学生の方を向いて講義をされていた。北海道の草深い所に育った私には、それは何とも新鮮で親しみの持てる不思議なスタイルであった。それからファンとなり、いつも教授の講座を選択していた。卒業を間近にしたある台風の日、伊藤教授の商業学が予定されており、豪雨の中、出席すると、他の学生は欠席で、伊藤教授と私の二人だけとなり、授業にならず個人面談となった。経済理論、計数経営、科学的管理法、法律等々、学べど尽きぬ日頃の疑問、商人としての良心、人としての生き方などの思いを打ち明け、お尋ねすることができた。私には、予期せぬ一世一代の幸運であった。卒業後、出版社「商業界」編集部の記者になった私は、伊藤教授から本誌に原稿をいただくこともあり、一段と親しく長らくご教導を賜る機会を得て、誠に幸いであった。その後、家業であった山林用苗木の育成事業に参加することになりUターン、北海道の緑化に努めることとなった。北海道には、木育という言葉がある。面積の7割を超える豊かな森林と木材に恵まれた北海道ならではの言葉である。木とのかかわりを通して、私どもも自然の一部であり、多くの生命と共存しながら生きていることを実感し、未来につなげていこうとするものである。言うまでもなく、森は木材を生み出すだけでなく、酸素を作り、水を貯え、プランクトンを育て、魚をも養い、健康を守り地球環境を調える作用をしている。私は今、この北海道の真ん中で、森を造る基となる木の苗の生産に従事している。森の中の各種の優良樹から種子を採取して発芽させ、移植にたえるまでの幼木に育てる仕事である。この苗木が山々に植えられ、山林が森林となり、山紫水明の国土となるよう願いながら、樹苗の安定的供給に努力している。昨今、国外からのニュースは、大気汚染で年に一国で100万人の死者を出しており、PM2・5など空気中の水銀濃度も高くなり、自国では住みがたく、富裕層の230万人が国外移住を考えている等の模様を伝えている。越境汚染が心配されるこの頃である。私も、中国、インド、トルコなど緑化の旅をしているが、如何せん、さまざまな事情があり、条件を難しくしている。一区域だけでも緑化の根づくことを日々祈っている。人はみな、この不確かな世を生きるとき、いつも不安はつきまとう。しかし、この半世紀にわたり、幸い私には迷わぬ指針がある。それは、いつも八咫鏡に写し見ることであった。私が今日ここにあるのは、八咫鏡を授けてくれた東洋大学と、多くの師のおかげである。高

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