東洋大学校友会報259号
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24TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 259OSぶとき、僕もしみじみ、こう思っている『藤野さん、君に出会えたことは僕の人生の最大の幸運だった』と藤野さん、君は東洋大学で、もっとも敬愛された教師の一人であった君に教わった学生たちのなかには『藤野先生はもっとも親しみやすい先生だった』『藤野先生は個人的な悩みも聞いて下さった』『藤野先生は就職口まで探してくれた』と感謝しているだろう君と職場を同じくしていた僕も君を深く信頼していたいや、君の教育、研究、スポーツ界での活動は、学内だけに留まらず広く学外にもおよび、東洋大学の発展に大いに貢献した研究の分野では日本モーム協会の有能な事務局長として尽力し君の貢献は誠に大きなものだった国際交流の面では、君はオレゴン、モンタナ、カナダオーストラリアに多くの友人を持っている君はユーモア溢れるダジャレの専門家でもあった僕が頑固な意見を述べると『こーりやまー困った男だなー』とやんわり呟いた頭の動きの鈍い僕でも『こーりやまー困った』の中に「コオリヤマ」を感じとってにんまりしたものだ校舎への坂道を登り切って左手にある「箱根駅伝初優勝讃歌」の詩碑は実に君と僕との共作なのだ二〇〇九年の箱根駅伝初優勝は東洋大学創立以来の最大の喜びだった僕はその喜びを僕なりに詩に表現して君に送ったすると君はそれを田淵常務に見せ、田淵常務はそれを長島理事長に見せその結果、石碑に刻む運びになったのだもし君が一度だけ、さっと読んで机の引き出しに仕舞いこんだとしたら僕のあの詩は永遠に日の目を見なかったのだその詩は長島元理事長の郷里の美しい天然石に美しく彫られているそういう意味で、この詩碑は君と僕との共作なのだ一九七八年三月ある財団が主催した「若人の船」という研修旅行の英会話の教員として参加してくれないか、と君に依頼され、三井客船の日本丸でマニラ、香港への船旅に参加したその時、甲板で満天の星を眺めて感動して書いた英詩「時間と空間」は最初一九七九年四月二十七日「毎日デイリー ニュース」に掲載されその後米国のマクドゥガル・リテル社の高校用の文学の教科書に収録されている僕の「箱根駅伝初優勝讃歌」が詩碑に彫られたのも英詩「時間と空間」が米国の高校の教科書に収録されたのもすべて君のお蔭なのだあるとき僕は冗談半分に『藤野さん、僕が死んだら、葬儀委員長をやってよな』と言ったら君はいつもの軽い口調で『ワカッタ ワカッタ』と言って笑っていたそう言った君が、もう僕より先に逝ってしまった『藤野さん、君に出会えたことは僕の人生の最大の幸運だった』のだ(2013年12月13日記)長野県支部の 女性の会に参加しました        南方真理昭45社会 城南 長野県支部の女性の会が、1月22日(水)・23日(木)に白骨温泉(松本市安曇)で開催され、参加しました。 事前に〝寒い〟という連絡を受けていたので、かなりの厚着をして出かけました。松本駅から旅館の送迎バスに乗り、スタート。バスには、他のお客さんもいて満席でした。昨夜の雪がうっすらと残っているものの、快晴に近い天気の中走り続けると、しだいに雪景色へと変わっていき、今年初の雪景色に密かに感激しました。 1時間15分ほどで旅館に到着し、会員8名が3部屋に分かれて荷物を置くと、さっそく女性の会の会長本郷さんの部屋に集合。自己紹介が行われたあと、会の活動状況や今後の

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