東洋大学校友会報260号
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TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION●2609つぎのステージへ襷をつなごう校友志茂田 玲 しもだ れい1984年10月 東京都練馬区生まれ2003年3月 駒込高校卒業2007年3月 文学部インド哲学科(現・東洋思想文化学科)卒業2011年4月 練馬区議会議員に当選(26歳)、現職011年春に東京都練馬区議会議員に当選し、今年で4年目に入りました。選挙準備をはじめた当初より一貫して、ご理解とご支援をいただいている東洋大学校友会のみなさま方に改めて感謝申し上げます。なぜ、政治を目指したのかよく聞かれます。子どものころから地域活動の大切さや面白さを感じていたことがベースにありますが、より強く意識したのは、大学時代、ある政治家のもとでインターンシップをやったとき、政治が社会と直結していると感じたことがきっかけです。それでも2007年に大学を卒業するときに、1年間くらいは会社勤めをしようと考えました。そこで、企画からプレゼンテーションまでオールインワンのやり方を学んだことがいまでも大きな財産になっていますし、複数の取引先から「うちへ転職しないか」という声をかけてもらったのも自信につながりました。1年経ったとき、国会議員の秘書になりました。以後、3年間はひたすら人との出会いでした。地域のニーズを知ることもできましたが、多くの方たちとの交流ができたことが最大の財産でした。校友会活動もそのひとつです。26歳になる2010年10月、秘書を辞めて地域活動に専念することにしました。慰留もされましたし、選挙までの間、無収入になるわけですから、気持ちが揺れたことは事実ですが、「自分の思いに対して挑戦したい」という気持ちで決断しました。活動のなかでもっとも印象的だったのは、2011年3月11日の東日本大震災です。震災後、支援活動をするなかで、政治が「社会に直結」していると実感し、大きな転機になりました。議会ではさまざまな委員会を経験しましたが、とくに学ぶことが多かったのは、医療・福祉と教育の分野でした。生活に密着している分、課題も多いのです。その課題に向かうとき、私は「世代の論理」をできるだけ主張するように心がけています。一例ですが、私たち80年代生まれは、いまの制度でいえばこれから30~40年、年金をはじめとする社会のさまざまなコストを負担することになります。しかし自分たちがいまの定義でいう高齢者(65歳)になる2050年ごろの社会保障のすがたが全く見えません。かつてある政治家が経済財政担当大臣に就任したとき、「われわれの世代は逃げ切れる…」と語ったことがあります。正直すぎて笑うしかありませんが、私たちの世代がその負担をするのです。負担は国民の義務ですから、逃げるわけにはいきませんが、では私たちの老後は?ということに対し、いまの政治は答えを出せていないのです。日本の将来像や私たち自身の将来の社会保障を「逃げ切れる世代」に任せていいのか疑問に感じます。ほとんどの選挙の被選挙権は、25歳以上となっています。「若造になにができる」という論理ではなく、若いからこそ真剣に中長期的な視野に立てるのです。私たちの世代の論理をさまざまな場で、それも本音で発言していく責務がある、それが私の活動の基本的なスタンスです。さて区議会議員としての任期は残り1年を切りました。このところ母校は「駅伝の名門」といわれるようになりましたが、駅伝の魅力は「襷をつなぐ」ことにあります。私は「襷」には二つの意味があると理解しています。ひとつは校友会のように人と人、また世代をつなぐことであり、もうひとつは自分自分のライフステージにおける次のステップへつなぐことです。ともに自分の立場を自覚する必要があります。私自身、それを意識していまの走路を駆け抜けたいと2

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