東洋大学校友会報261号
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TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION●2617妖怪弁護士校友石坂 浩 いしざか ひろし平成18年東洋大学法科大学院法務研究科修了 司法試験合格平成19年弁護士登録(第一東京弁護士会)   現在石坂綜合法律事務所代表(www.zaka-law.com) 第一東京弁護士会 少年法委員会(副委員長) 第一東京弁護士会 家事法制委員会 千代田区社会福祉協議会専門相談員 東洋大学法科大学院アカデミックアドバイザー 東洋大学法科大学院OBOG会会長 どものころから勉強が嫌いだ(人に勉を強いるという字もイヤ)。恥ずかしながら小五で九九が言えず、中二で漢字が読めずバカにされた。まさかそのポンコツが、弁護士になるとは思わなかった。今では事務所を経営し、母校で後輩の指導をしながら、OBOG会会長まで引き受けてこの原稿を夜中に書いている。人生不思議なことだらけだ。ただ念のため言うと、学問は今でも好きだ(字からして勉強とは異なる)。本学での自学自修は楽しかったし、司法試験受験では、死ぬ気の努力と勝負もした。しかし、人生死ぬ気で努力した人全員が報われるわけではない。一方で、成功する人間は、間違いなく努力をしていることは知っている。この分岐点はなんであろう。最近子どもの間で流行っている回答は「妖怪」らしい。「ようかいのせいなのね♪そうなのね♪」だそうな。今の私も妖怪のせいかしら? と弁護士らしからぬことを考えてみる。 私が扱う仕事は、相続案件・離婚案件・後見案件・破産案件・損害賠償請求・交通事故・刑事事件…と幅広く、しかし基本的に「困っている人」と出会う。笑顔の人がいないことが法律家の辛いところだが、よく見ると、困っていた人が、逆の流れに乗り事態が好転することも目の当たりにする。災い転じて福となすとはよく言ったものだが、その転じる力は何であろう。もちろん、弁護士としての最善の力を尽した結果もあるが、それだけではない。確実に、その人の周りに、目には見えない「流れ」がある。見えないからこそ、人は時流、運勢、運命、バイオリズム、因果、果ては妖怪の仕業で見えざる力を説明する。 妖怪と言えば、私の子ども時代は鬼太郎で、今は妖怪ウォッチらしいが(7歳の息子談)、明治の代でこうした見えない力を学問的に捉えたのが、我らが東洋大学の創設者(井上円了博士)だ。我々法律家や行政官僚らが扱う法律は、社会科学の真骨頂とも言える学問で、超現実的(目に見える)規範を体系化した現実社会そのものである。ところが、その現実社会は、実は根底では目には見えない事象に支えられていると思うことが結構ある。なお、私は無神論者で超現実主義者の弁護士だが、これは正直な日常雑感だから仕方がない。創設者は、これらを「妖怪」のせいではないことを明らかにしながら、哲学の世界を紐解いた(それにしても「妖怪学全集」とは今の時代でも秀逸のネーミングだと思う。ジバニャンもびっくり)。この時代の日本で、法学を含めたあらゆる学問の礎が哲学にあることを説き、世の中の膨大な現象に理屈を付ける作業をしていたのである。しかし逆説的には、妖怪や運命と言ったものでも説明が付かない事象が数多くあったのだろう。 東洋大学で学問に勤しむ後輩諸君らに一言話をまとめよう。先ほどから「流れ」という表現を使っているが、世の中は、宇宙誕生の謎(空間や時間はどこから来てどこに行くのか)と同様に、分からないことだらけだ(私のような半端者がこれらを考えすぎると、哲学者でなく中二病になる)。しかし、自分の置かれた状況の下で最善を尽くすと、必ず「流れ」がやってくる。これは不思議なことに本当だ。 私の場合、東洋大学との出会いが流れの分岐点であった。最大の努力をした人間に、勝利の女神(もしや妖怪の一種か)は一瞬だけ笑む。分からないことだらけの世の中で、「流れ」に乗ってみるのは悪くない。子

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