東洋大学校友会報262号
14/28

14TOYO UNIVERSITY ALUMNI ASSOCIATION ● 262OS校友会創立120周年を祝う鈴木 忍昭43国文 埼玉東校友会創立120周年おめでとうございます。平成24年に私どもの東洋大学広告学研究会が創立50周年を迎え、記念パーティーを開催の折には、羽島会長のご出席・ご挨拶を賜り、また多大なご協力をいただき感謝いたしております。平成26年9月7日(日)に開催された校友会創立120周年記念式典・祝賀会には、私どももOB会員を動員し、この120年という素晴らしい歴史を大勢の皆さまと一緒にお祝いさせていただきました。盛大なセレモニーを目の当たりにして、偉大な校友会に微力ながら関われていることを誇りに思っています。これからも、東洋大学のため、校友会のため一層の発展を願い、私ども広研OB会は応援を惜しみません。(広告学研究会OB会代表) 御園生ゼミ同期の仲間鈴木義典昭45経済 静岡校友会創立120周年記念式典および祝賀会が行われた平成26年9月7日(日)、昭和45年に経済学科を卒業した御園生ゼミの仲間が、白山キャンパス125周年記念館(8号館)で再会しました。ゼミの同期は、男性6名、女性1名の7名。当時は、ちょうど川越移行反対闘争など、学生運動の激しい時期で、3年次と4年次にはバリケードストライキがあり、一緒に教室で学んだ時間は平和な時代に比べ大幅に少ないと思いますが、それなりに学外での交流はありました。7名中、男性2名はすでに鬼籍に入り、他の2名とは音信不通です。我々はなぜか馬が合い、卒業以来44年が経過しましたが、旧交頻度は高いと思います。125周年記念館を再会の場所に決めた目的は、1階にある寄付者銘板を見るためでした。校友会代議員の方から「母校に名前を残そう」との声掛けがあり、微力ながら母校の発展を願う思いで、125周年記念事業募金を行ったからです。各自で、名前を指差した記念写真を撮った後、自分たちの時代とは様変わりしたキャンパス内を散策して、母校の隆盛を嬉しく思いました。式典・祝賀会終了後、皆が乗降した巣鴨駅前に場所を移して、夜遅くまで学生当時の想い出を語り合い、前期高齢者が20歳前後の青春時代に戻ることができました。3人の現在は、信用組合で専務理事としてまだ現役の者、起業した会社を後進に譲り、会長職に就いた者、銀行を定年退職した者とさまざまではありますが、皆の母校愛は一緒でした。翌日は、虎ノ門ヒルズを見学し、次に母校で会うのを卒業50周年の2020年と決めました。それまでは2年に1度は温泉巡りをすることになったので、お互い体に気をつけて、元気でこの約束を果たしたいと思います。東洋大学文学部国文学科同窓会「三九会」(第4回)の開催報告前回(第3回)は、伊藤(昌)君のお世話により下呂で開催され、楽しくお会いしてから2年が過ぎ去りました。第4回の開催に当たり、同級生の皆さまから年賀状や電話等で激励をいただいたり、ホテル等の参考資料を寄せてくださるなど、いろいろとありがとうございました。私たち幹事一同が皆さまのご意見を参考に話し合った結果、「全国から集まりやすい場所となれば、東京駅近辺が相応しい」と判断しました。そこで、開催場所を浅草ビューホテルに決定して、平成26年9月29日(月)に、久しぶりの再会を果たし、楽しいひとときを過ごすことができました。ご存知のとおり、東洋大学の後輩諸君の箱根駅伝、出雲駅伝、全日本大学駅伝、短距離競走、水泳および文化活動を含めた文武両道の目覚ましい活躍ぶりには、卒業生一同が誇り高く胸を張っている次第です。一方、悲惨な福島原発人災害の未解決の現状、地球環境の危機的現象、為政者の提案する「集団的自衛権」がもたらすさまざまな平和危機への影響、子々孫々におよぶ一千兆円余の赤字国債等々、心配となる材料を挙げればきりがありません。人類滅亡への危機を招く事柄には反対し、世界平和を希求する日本国憲法の本質を永久に守り抜くこと、そのために夢と希望をもって、世界の人々と手を取り合い、少しでも若者たちのお役に立てる日々が送れることを願い、健康に気を配りながら次回の再会を楽しみに、名残惜しさを残しつつ終了しました。後日、出席された方から、楽しかったという感想や感謝の気持ちを述べた

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です