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84歳の母校回顧・島根での教育者人生を振り返る

東洋大学校友会島根県支部の皆さんへ

月に一回、校友の皆さんから近況等のメールを頂き、皆さんにお送りしています。
7月は松江市美保関町にお住まいの作野廣秋さんからのメッセージです。作野さんは1960年(昭和35年)法学部法律学科を卒業されました。卒業後に島根県の義務教育学校の教育者として永年奉職されてきました。
今回のタイトルは「84歳の母校回顧・島根での教育者人生を振り返る」です。
ご一読ください。

なお、7月22日(海の日)13時から、校友会島根県支部総会を開催します。多くの皆さんの出席をお願いいたします。

島根県支部支部長 福島康治


 

「84歳の母校回顧・島根での教育者人生を振り返る」

65年前、地元松江市の小学校の校長先生の紹介で東洋大学に希望していた法学部が増設されたと聞き、母親の反対を押し切って上京しました。母子家庭の母に苦労を掛けないため、働きながら法律が学べる2部を選択し入学した。

本館校舎落成時の新校舎で新設の2部法学部に在籍、年齢も職業も違う仲間との同級生としての交流は印象深く人生の大きな糧となった。警視庁勤務の大先輩の同級生から「お世話になった母親を田舎に一人置くのは良くない、卒業したら帰郷すべきだ」と強く説得され、帰郷するために教職員免許取得を考え、大学に相談しました。2部に無い教科は1部で聴講すれば認定可能であると知り、早速実行しました。当時としては珍しい社会学部で社会教育の存在を知り、視聴覚室からテレビ授業が放映される等、地方出身者には「目から鱗」の驚きであった。

更なる驚きは卒業証書にあった。「本学法学部法律学科所定の課程を修めたことをみとめる」とあり、1部・2部の区別がない卒業証書でした。84歳の高齢になった今、65年前の卒業証書を広げると、教育改革の今日的課題ともいえるユニークな対応であったと感動を新たにしている。

S35.3法学部卒業記念写真:最後列建物入口の女性の足元に

60年安保の年、1960年(昭和35年)に卒業、故郷にUターンし、法学部出身の「教員らしからぬ教員」を目指して、故郷島根で義務教育学校の教員・教頭・校長、県教育委員会教育庁社会教育主事、文科省国立三瓶青年の家事業課長、町教育委員会教育長として永年勤続できた。これは東洋大の建学の精神に基ずく大学運営と教育の御蔭であったと敬意を表し感謝している。

退職後はボランティアで町の地区社会福祉協議会長を10年務め、フリーになった現在は、地元でかつての教え子達と地域の見守り隊や高齢者の生きがいつくりの場「なごやかサロン」を開設、楽しみながら活動をし、老化と上手に付き合う努力の日々です。

「人生は白騎の隙を過ぐるが如し」と故事にあります。私の84年の人生で大学の4年間は、まさに隙の瞬間でしたが、貴重な学びの秋でした。

2017年(平成29年)に、島根県支部創立70周年記念事業として、「井上円了の足跡を訪ねて」という企画がありました。車野前島根県支部長等と共に鳥取の「福万来公民館」を訪問し、井上円了学祖の扁額「自彊不見」(勉強は休息せず)の下で、東洋大学谷口房雄名誉教授の講義を拝聴し、学祖の建学の精神を再認識した事を思い出します。

H29.10支部70周年事業:後列左から3番目

母校東洋大学の哲学館の理念をベースとした文武両道の総合大学としての発展と、校友会の友誼に心より敬意を表します。

母校東洋大学・校友会 合掌

作野 廣秋
1960年(昭和35年)法学部法律学科卒
松江市美保関町

 

 

 

 

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