母校支援

IT教育最前線!子供達と創るICT社会の未来

校友会の皆さん、こんにちは。2004年法学部法律学科卒業の岩舩尚貴と申します。在学時より夢だった教師になって14年目。現在は国立大学法人上越教育大学附属中学校の国語教師として、教員生活を謳歌しております。東洋大学での4年間、とりわけ体育会硬式野球部での貴重な経験が私の人生の基盤となって今に至っています。僭越ながら、今回は私のお話をさせていただけたらと思います。

親子二代で東洋大学硬式野球部へ

私は新潟県上越市で生まれましたが、実は父も東洋大学のOBです。父は岩手県宮古市の生まれ。高校時代は甲子園で活躍し、東洋大学では硬式野球部の中心選手として東都大学リーグ2部から1部に上げた立役者だったそうです。そんな父は縁あって上越市の関根学園高等学校の野球部監督として招かれ、新潟県民となりました。高校野球の監督をする父の姿を幼少の頃から見て育った私は、当たり前のように野球に熱中しました。

そんな父が病気で他界したのは私が中学3年生のときでした。「父のように甲子園に出て、東洋大学に行き、教師になりたい。」そう思った私はドカベンのモデル校で有名な新潟明訓高等学校に進学しました。高校3年時には目標だった甲子園に出場し、念願の東洋大学に入学することが叶いました。しかし、父が在籍した硬式野球部で待っている現実は大変厳しいものでした。

東洋大学時代の父・信男(昭和40年頃)

 

高橋昭雄監督に育てられた4年間

「人気の六大、実力の東都」。東都大学野球連盟に所属する硬式野球部は知っての通り、野球界では強者揃いの名門です。覚悟してはいたものの、入部入寮したその日から、あまりのレベルの違いに愕然としました。「親父はこんな所で野球をやっていたのか。」と、親子二代で同じ川越グラウンドで白球を追うことで、亡き父に畏敬の念を抱いたものです。「ここで選手としては絶対に通用しない。自分にできる別の形で野球と向き合おう。」そう思った私は、自らマネージャーになることを志願しました。それは恩師高橋昭雄監督から野球人としても人間としても、「この人の一番近くで学びたい」という思いもあったからでした。

「鬼の高橋」の異名をもつ監督さんの御指導は大変厳しくもありましたが、学生への情熱と愛情にあふれており、川越グラウンドで過ごした日々は人生においてかけがえのない時間となりました。優勝を経験することもできましたが、なんと言っても心に残っているのは入替戦です。勝てば天国、負ければ地獄。諸先輩たちから脈々と受け継がれたTOYOの誇りにかけて、あれほど「絶対に負けられない戦い」をすることは後にも先にもありません。

神宮球場での大一番に勝利した監督さんを乗せて、川越に帰ってくる関越道は景色が違って見えたものです。毎日が戦場のようで、今思い返してみてもよくやったなと思える大学時代でした。だからこそ、合宿所で同じ時間を過ごした野球部の仲間は生涯の友であり宝物です。今でも戦友たちと当時の苦労話で酌み交わす酒は、何にも変えられない最高の味です。「厳しさを乗り越えた先に本当の喜びがある」そんなことを教えていただいた4年間でした。

東都大学リーグ戦にて(筆者は一番右)

 

東洋大学での学びを義務教育に活かす

大学卒業後、中学時代からの夢であった教師を目指していた私は、文学部の科目等履修生として、白山キャンパス学生部学生生活課でアルバイトをしながら国語の教員免許取得に励みました。1年間で免許を取得した後は地元新潟大学大学院に進学し、郷土出身で大学の先輩でもある坂口安吾の研究に没頭しました。加えて、大学野球部での学びを母校に還元しようと新潟明訓高校のOBコーチとして後輩の指導にもあたりました。その甲斐あって、新潟県の教員採用試験に合格し、2007年より中学校教師として教員生活をスタートさせました。

教師になって早くも14年が過ぎようとしています。20代の頃はひたすら授業づくり、学級経営、部活指導と全てにおいて全力投球でした。30代では中堅教員として視野を広げて、保護者、地域、同僚と協力して子供を育てていくことの大切さを学びました。また、この間、県教育委員会に勤務する機会にも恵まれ、行政の立場から県民に奉仕することへのやりがいを経験させていただきました。いつの時代も高橋監督に教えていただいた「生涯青春」を座右の銘にして教育と向き合ってきました。「高橋一家」の一員として過ごした東洋大学での学びは紛れもなく私の礎なのです。

授業に部活に必死になって駆け抜けたこれまでの教員生活(ユニフォームは東洋大がモデル)

子供たちの未来のために〜コロナ禍とGIGAスクール構想の中で〜

このコロナ禍によって、これまでのような教育の「当たり前」は通用しなくなりました。加えて、来年度から国のGIGAスクール構想(※1)が始まり、子供たちにはタブレット端末が配布されます。日本の教育は大きな転換点にあると切に感じています。勤務校は、教育大学の附属学校ということもあり、2016年から生徒一人一人にiPadが配られ、あらゆる面でテクノロジーを生かした教育が展開されています。私も研究主任という立場を任され、Society5.0を見据えたICT教育を同僚とともに研究・実践する毎日を送っています。

2019年にはApple社より、「優れたICT教育を実践している学校」として評価され、Apple Distinguished School(※2)に認定されました。これは国立学校としては日本初の栄誉であり、多くのメディアにも取り上げていただきました。このようなことから、私も教育大学附属学校の一職員として、地域の学校をはじめとした教育現場に少しでも貢献したいという使命感に燃えています。研究と実践を止めることなく押し進め、子供たちの未来のために、教育界に成果と課題を発信していきたいと思います(書籍『上教大附属中式 GIGAスクール時代のICT活用教育(仮題)』を制作中。2021年5月東京書籍より出版予定)。

コロナ禍の休校期間中の取組(左:配信授業動画 右:Zoomでの部活指導)

※1GIGAスクール構想:GIGAスクール構想とは、一言で言うと「児童生徒向けの1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備し、多様な子どもたちを誰一人取り残すことのなく、公正に個別最適化された創造性を育む教育を、全国の学校現場で持続的に実現させる構想」。GIGAとはGlobal and Innovation Gateway for Allの略。

※2:Apple Distinguished School:Apple社が最新の要件を満たした教育機関を対象にした招待制のプログラムである。世界32か国 535校が選定されており、日本国内においては、2020年12月時点で9校が選定されている。

おわりに

東洋大学の理念の中に【他者のために自己を磨く】という言葉があります。母校が、多くの教育関係者を世に輩出しているのも建学の理念や大学の教育が私たちに息づいているからでしょう。私自身、今後は現職を続けながら博士課程に進んで教育を究め、日本の未来を担う子供たちのために自己を磨き続けたいと考えています。このブログをきっかけにして、現職教員でいらっしゃる校友会員の方、また、教員を目指している方々とも繋がり合い、情報交換させていただけたらとも思っています。コロナ禍はまだまだ終わる兆しを見せません。しかし、こんな時代だからこそ、「TOYO」の名の下、力を合わせて子供たちの未来を創っていきましょう!

ICTを活用した授業の様子

参考:これまでに掲載されたニュース

光村図書出版「国語教育相談室」
高校野球ドットコム「高校野球を終えたキミへ 恩師からの手紙※yahoo掲載
球童くん「コロナ休校に負けるもんか!球児たちの野球を止めるな」
engadget「上越教育大学附属中学校に学ぶICT教育で効果を上げる仕組み」
flick!「休校中でも『学びを止めるな!』上越教育大学付属中学は、なぜ授業を継続できるのか?」※yahoo掲載

 

2004年卒業
法学部法律学科
岩舩 尚貴
国立大学法人上越教育大学附属中学校教諭
Mail:inaoki@juen.ac.jp
Facebook:https://www.facebook.com/naoki.iwafune

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