母校支援

あなたの知らない展覧会の世界!

大学時代は書道、大学院では民俗学を

 大学時代は主に書道の単位を修得するほか、民間伝承などを追及する民俗学の分野に興味を持ちました。きっかけは、文学部の非常勤講師として現在も民俗学や日本の伝統行事を教えていらっしゃる久野俊彦先生の講義を聴講したことです。

また大学院での修士論文のテーマは「第27代横綱栃木山守也の研究」でした。ここのところの大相撲における東洋大学出身力士の活躍は目を見張るものがありますが、当時の研究内容は相撲という競技そのものではなく郷土の偉人の顕彰という角度からの研究です。

現栃木市出身の栃木山は、出羽海部屋から分家・独立して春日野部屋を興しました。現在も春日野部屋には四股名に「栃」の付く力士がおり、そのルーツになっていることを皆さんはご存知でしょうか。

研究対象者の郷里でさえも知る人が少なくなってしまっていると感じる部分があり、誰かが紐解くことで伝承され、また、地域資源に成り得るのではないか、そのような思いから設定したテーマでした。

地元の著名人がつないだ挑戦

校友会のお知らせ欄にも紹介いただいた書道展の展覧会に携わることになったきっかけをご紹介します。私の出身地である茨城県古河市は、著名な書家を多く輩出した町です。昭和から平成の書壇で活躍したのは、生井子華(いくいしか1904―1989)、大久保翠洞(おおくぼすいどう1906―1997)、立石光司(たていしみつじ1927―2002)の3人で、書道をなさっている方のなかにはこの名前をご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。いずれも一地方の古河を活動の拠点にしながら中央書壇で活躍された方々です。

そもそも書道の道に深く興味を持ったのは、ある縁があってのことです。それは、高校生の頃に立石光司に師事する機会を得たことです。立石光司は昭和の三筆の一人といわれる手島右卿(てしまゆうけい)に師事した人物で、独立書道会(現在の独立書人団)の創立会員として名を連ね、晩年に至るまで会の発展に尽くし、地元古河市においては古河文化協会理事長や、篆刻美術館設立・提言など文化振興の分野で多くの功績を残した方です。

私が弟子として学んでいた当時、他の門人たちとは年齢が随分と離れており、師の功績を永く伝承していくのが私自身の役目なのだろうと当時から漠然と考えていました。

師匠を亡くしてから長い歳月が経ち、その契機となった出来事がありました。ある時民俗学の学びがきっかけで西郊民俗談話会(東洋大学名誉教授大島建彦先生主宰)で、古河歴史博物館の学芸員立石尚之氏(東洋大学出身、現館長)と偶然お目にかかる機会があり、「立石光司の書業を顕彰する展覧会を企画してはどうか」と、私の思いを伝えたことでした。その後、話が進み結果として開催が決まりました。

このようにして「伝承」という大学で学びを得たことを、しかも師匠の功績の伝承というテーマで、博物館という機関を通じて実践する機会を頂くことになったのです。

準備は想像以上に大変!

 このような展覧会を開催するには、まず、作者が故人の場合、ご遺族のご協力がなければ成し得ないことです。次に博物館側の賛同も不可欠。しかも今回は公立博物館です。これらの目途がたったところで、次のステップとして作品整理へと進められるわけです。

作品の整理には、博物館の会議室を作業場としてお借りし、大量の作品を運び込みます。次に、作品を広げては採寸の測定作業、記録写真の撮影作業を繰り返し行い、目録を作成していきます。

博物館の展示スペースの問題と表装等にかかる費用と予算面を考慮しながら、今回の展覧会のコンセプトを検討し、出品作品を決定していきました。このような顕彰活動を一過性のものにせず継続性させることがより重要だと考えています。背伸びをしない範囲での開催をこころがけました。師匠が常々、書の作品について「生きた証」というお話をされていたことを思い出し、その言葉をヒントに作品を制作年ごとに整理していくと、ある傾向が見えてきました。

その傾向をもとに展覧会のコンセプトを決定。以降も準備を着実に進め、令和2年3月に晴れて公開を迎えました。会期期間は5月までの2か月間です。ところが、会期途中で予期しない問題が発生しました。新型コロナウイルス感染症の出現です。

当時は感染症拡大防止の観点から緊急事態宣言が発出されたため、無念にも会期途中で閉館を余儀なくされたのです。しかし、その後令和4年3月から5月の会期にて改めて開催させて頂く幸運に恵まれました。

人脈の広がりを感じた出会い

2022年4月17日(日)のことです。独立書人団事務局長の山中翠谷先生に講師をお願いして、「立石光司の仕事と書」と題する講演会を開催したのですが、当日、他団体の書家の先生(桜美林大学名誉教授の高橋静豪先生)が博物館を一人で訪ねてこられました。

お話を伺ってみると、「数十年前に毎日書道会の訪中団の一員として立石先生とご一緒させて頂いた際、当時自分は若手だったが、立石先生は親身になって自分のことを気にかけてくださった。生前にそのお礼を伝えることができずにいたことが心残りで、今回、展覧会の案内チラシを頂いた時に何がなんでも伺いたいと思った」と心境を語られ、当時の貴重な写真資料をご提供くださったのです。これは開催冥利に尽きる出来事となったのはいうまでもありません。

このように展覧会を開催することによって集まってくる情報があります。集まった情報を次の企画に活かすことで内容もより充実したものになっていくと考えています。次回も開催が叶うよう今後も準備と働きかけを行っていきたいと思っています。また、伝統とは、古くから伝わるものだけではなく、これから先に伝えていこうとするものも伝統であるということを大学の講義で学びました。

書道そのものは前者ですし、師承の功績の顕彰活動は後者と言えるのかもしれません。大学で学んだ伝承というテーマに挑むことが、今回の展覧会開催の動機の一つでもあります。

民俗学者・柳田國男が「記録にもなんにも現れない人の生活というものが日本には80パーセント以上にあるんですよ」と語っている通り、身近なところのテーマを大切にしていきたいと考えています。そして、私自身も独立書人団に身を置く者として、今後も書の研鑽につとめ、良い作品が残せるよう精進したいと思います。

参考 企画展情報

展覧会名 令和3年度特別展 墨魂 書人立石光司の仕事 ―創作から臨書へー
開催場所 古河歴史博物館(茨城県古河市中央町3-10-56)
主  催 古河歴史博物館
会  期 2022年3月19日(土)~5月8日(日)

東洋大学文学部日本文学文化学科
東洋大学大学院文学研究科日本文学文化専攻
印出 隆之

カテゴリー