「似合う」とは調和、自分らしく輝くこと
ファッション、インテリアにおける「人と物の調和」
私が短期大学部ホテル観光学科(現在の国際観光学部国際観光学科)を卒業したのは1970年のこと、かれこれ半世紀以上が経過しました。
現在は、トータルファッションコーディネートやインテリアコーディネートを通じて「人と物の調和」を学ぶメソッドの開発を仕事にしており、ファッショイメージコンサルティング(その人に似合うファッション、メイクなどのアドバイス)をされている方々や、アパレル・服飾雑貨のメーカー・ブティックの方々へ向けて、「似合う」ということの本質や、造形物の色・柄・質感・形状とイメージの関係についての考え方をお伝えしています。
学生時代に得た、「感性」を育てる知覚体験
私が在学していた頃は、東大の安田講堂事件の後で学生運動の真っ只中。我が東洋大学も封鎖状態で授業も少なく、学業に専念できる状態ではありませんでした。しかし所属がホテル観光学科でしたので、大学の封鎖中も都内の主要ホテルや地方の高級リゾートホテルでの実習は続けられていました。
授業が少ないこの期間には、ホテルサービスのノウハウ、人とのコミュニケーションの重要性を学んだと同時に、質の高いインテリアや食器・カトラリーなどに触れ、「こういう雰囲気が求められる場所にはこういう物を置く」「こういう目的の場面ではこういう物を使う」といったことを身をもって体感することができました。
高級ホテルに求められるのは「格調の高さ」と「居心地の良さ」です。これを実現するためには、その空間に存在する全ての物が、調和をゴールとして明確にデザイン(コーディネート)され、オペレーションされていることが必要です。
「その空間に存在する全ての物」とは、建築、内装、家具調度品、装花などだけではなく、レストランで用いられている食器から、料理のビジュアル、味わい、メニューの書体に至るまで、また、更にアンビエントミュージック、フレグランス、スタッフの服装、言葉遣い、話し方や動作、表情などを含む全てです。これらを隅々まで計算し、調和を構成するという気の遠くなるような作業こそが、あのような質の高いホスピタリティを実現するために必要なことなのです。
このとき私は、知識だけではなく五感を通じ「格調と居心地はどのように作られるのか」を具体的に学ぶことができたのだと思います。教える立場になって思うのが、こうした知覚体験こそが感性を育て、それがその人にしかできない仕事を可能にするスキルの核となるということです。ここで育てていただいた感性が現在の仕事に繋がっているのだと思うと、感謝の念に耐えません。
嗜好感性を理論化した「テイストスケール法」を学ぶ
私が開発しているメソッドの基礎となるのは「テイストスケール法」というもので、これは色彩学者の故佐藤邦夫先生が、人の嗜好に基づいたマーケティング技法として1970年代に開発されたものです。現在は広告や商品・サービスがパーソナライズされることは当たり前となりましたが、当時は「まさに私のための商品」と感じてもらうための手法は新しかったのです。
造形物の色・柄・質感・形状をどのようにコントロールすれば「これは私らしい、私のためのもの」という印象につながるのか。これを二次元座標(2軸のポジショニングマップ)上の22パターンとして提示したのがテイストスケール法です。
簡単に言えば、人間を嗜好のパターンで分類すると22種類に分けられる、ということです。つまり、このような色を好む人は、このような形状を好み、このような質感を好む人は、このような配色を好む傾向が強い、というようなデータが得られたわけです(佐藤先生の研究は色や形状だけでなく、味、香り、音楽にまで及んでいたようです)。
嗜好とは、何を「快」と感じるか、ということです。これはファッションやインテリアなどの「見て感じるもの」においては「美」と言い換えてもいいかもしれません。造形物がどのような色・柄・質感・形状で構成されていることを「美」と感じるのか。テイストスケール法の基本的な主張は、これが22パターンあるということです。
「快」や「美」をもたらす構成のことを「調和している」と呼ぶとすれば、調和のパターンが22種類あるということになります。そして、どのパターンの調和を好むのかは、人によって違うということですね。
「似合う」とは「自分」を軸とした調和である、という発見
私は現在のキャリアをパーソナルカラーからスタートさせています。大学卒業後、グランドホステスとして全日空に勤め、その後結婚して専業主婦として30代までを過ごしました。そんな中、自分の趣味の一つであるクレイアートの作品を娘の幼稚園のバザーに出品してご好評をいただき、それをきっかけに幼稚園の保護者向けのクレイアート講習会を開催するようになりました。これがなんと、10年近く続きました。
クレイアート制作では、複数の絵の具を混色して微妙な色出しをすることが求められます。講習会の参加者から「どうすればそういう色が作れるのですか」と聞かれることが多かったものの、色出しをしているときの自分の感覚がうまく伝えられませんでした。
自分の感覚を言語化し、説明できるようになりたいと思った私は、色彩学を学び始め、その流れから様々な偶然を経て、当時日本に上陸したてのパーソナルカラーの現場で実践を積んでいくことになります。
さて、パーソナルカラーが掲げている「似合う色」というのは簡単なようで難しい問題です。そもそも「似合う」とは何なのか。好きな色と似合う色は違うのか。すべてを話すと長い話になってしまいますので、端的に言うならば、人は調和を求め、調和を得たときに、その人本来の姿を見出す、ということです。
つまり、「似合う」の追究とは、その人本来の「美」を追究することに他ならないわけですが、それがそのまま「その人本来のあり方」を追究することに繋がっているということなのです。
「似合う」は外見的、表面的なことのようですが、それが「美」なのかどうかという判断は、その人の全感性をかけて行われるものです。感性とは、どのように生まれつき(どのような感覚を持って生まれ)、どのように世界と関わって生きてきたか(何をどのように知覚してきたか)という歴史が刻まれているものです。
言い換えれば、感性だけが、今現在自分の求める調和感がどのようなものなのかを判断できるのです。その調和の中にあり、その調和を自分自身で体現しているとき、人は本来の自分となります。これが「自分らしく輝く」ということです。
こうして考え始めると難しい問題ですが、自分の服装、自分が過ごす空間のインテリアを、自分で「これがよい」という確信を持って選び、整える。私がテーマとしてきたことは、これだけです。
色だけではありません。ホテルのホスピタリティと同じように、隅から隅まで、全ての知覚的要素を「自分」を軸として調和させること。気が遠くなるような作業ですが、私はこのようにして時間を過ごしてきました。この先も一つ一つを丁寧に考え、行動しながら生きていきたいと思っています。
大切なことは自ら一番やりたいことに気付き、築き続けること
今こうしてここまで来られたことは、在学中から現在に至るまでの多くの東洋大学関連の出会いやご協力があってこそと、改めてしみじみ感じ感謝しているところです。
在学中に全日空入社のきっかけをいただいた守秋蔵教授(当時の短期大学部学長)、NPO法人日本パーソナルカラー協会の立ち上げから現在まで長きにわたってご協力いただいている井上博文先生(名誉教授)、定期的に単位教科講義にゲスト講師として招いてくださった小池鉄夫先生(名誉教授)には、本当にお世話になりました。
また、卒業生でNPO法人料飲専門家団体連合会(FBO)を主宰されていた故右田圭司さん、そして日置晴之さんには、飲食業界の方々へ向けたセミナーの色彩学講師としてたびたび声をかけていただいております。このように、東洋大学の教授や卒業生の繋がりからご縁をいただいた方々に大変お世話になってきました。
最後に申し上げたいことは、大切なのは、一番やりたいこと、熱くなれることに自ら気付く(きづく)こと、それを持続して築く(きずく)ことにあるということです。熱い気持ちがあればそこにはとても素晴らしい出会いがあり、その気づき=築きが次のステップに繋がります。
折々にこの東洋大学という存在がどんなに大きいものであるか、身をもって経験した一人としてそのことをお知らせできたら嬉しいです。この度は、貴重な機会をくださった東洋大学校友会のご担当の方々に感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
1970年
短期大学部ホテル観光学科卒
川浪 たか子
TASTE SCALE METHOD
https://taste22.co.jp/learn/